くらのすけ調べ

東京大学の学部4年生。適当な母集団で調査などを行う。twitter: @sanposystem

【今さら】Who is くらのすけ【自己紹介①】

こんにちは、くらのすけです。

 

なんていうてますけども

現在【俺しか受けてないやろ選手権】の集計発表中なのですが

ちょっとくらのすけ的に時間がなくて

「記事書かれへん」

ってことになってます。

くらのすけはマルチタスクが苦手なため、卒論他、やることがあると

中々筆が進まないわけです。

 

というわけで、ワッフル作ります。今回は…今まで保留していた自己紹介です

※「ワッフル作る」の意味が分からない人はこちらへどうぞ

 

www.kuranosukessk.com

 

今回はくらのすけの半生について書いていきたいと思います。今のままでは、訳の分からない奴が人様からアンケートをかき集めているわけですからね。

 

それではいってみよう

 

くらのすけは今から22年前、岩手県で生まれました。 かなり田舎の出で、都会では珍しいのかもしれませんが、5人兄弟でした。(兄、姉、僕、妹、妹です。)

 

そしてまた珍しいことに、母はかまぼこ工場の工場長、父はサーファー兼海の家経営者でした。母はとてもまじめな人間である反面、父はサーフィン命で、海の家といっても気分次第で開いたり開かなかったりして、趣味に生きる人でした。なので収入源はほとんど母親でした。(母は父のどこに魅かれたんでしょうか…なんか聞きづらくて聞いたことはありません)

 

そんな父を親にもつ私たち兄弟は、基本的に「好きなことをして生きろ」という、まあなさそうでありきたりな教育方針の元で育てられてきました。

 

兄は高校卒業と共にパン屋で働き、姉はその2年後水墨画教師になるという、なんとも言えない仕事に就いたころ、私は大学受験の年を迎えました。

 

私は高校二年のころから東京大学への進学を学年主任に勧められました。その教師は自らの向上心の高さを生徒にも求める人で、向上心がありすぎて常に浮いていました、「向上心が浮力をあたえたもうた」とのことです(何を言っているのか、僕にはわかりませんでした。)

くらのすけはたまたま点を取るのが人よりうまかったので、目をつけられたのでしょう。僕は東京に行くよりも地元の広い土地で「ドローンを飛ばしまくりたい」と思っていたので、なんだか気が乗らないなあと思いながらも、「ドローンはやる気次第でいつでも飛ばせる」ことに気付き、進学を決めました。

そのころ、3つ下の妹が高卒無職(フリーター)になることが決まっていたので、その夢は妹に託しました。(妹は「迷惑だからやめとき!」と言ってきましたが、両親的にはフリーターを抱えるほうが迷惑だと説明したら「そやね。せやな。」と言いました。妹は情緒が不安定です。)

 

まあそんなわけで、東京大学へ進学しました。大学では3年間「賢そうに見えるかな」との理由から「岩波文庫を可能な限り安く入手し、本棚に数多く並べる」ということに邁進していたため、いわゆる「普通の」大学生活はおくれていないのですが、まあ面白い友達はできました。(「ぽっぽやのケン」「ギターのキー坊」など。ここでは詳細は省きます)

 

そんな人間が3年の年度末、就職活動をしたわけですが、まあこれがうまくいかない。

この詳細は今度記事にしたいと思いますが、よく考えたら一冊も読んでいない岩波文庫が、僕の就職活動を象徴しているような、そんな気がします。

 

てなわけで、今回の記事はここまで。

時間とれるように頑張ります。